鳥取の町角に〝聖地〟があった日々
2023年春、鳥取市の定有堂書店が閉店した。50坪のごく庶民的なたたずまいのこの店は、私にとって、そして全国の本屋好きにとって、燦然と光る〝聖地〟だった。
出版社別や作者名の五十音順ではなく、棚のテーマに沿ってランダムに本が並べられた店内を周遊していると、まるで自分が満開の花畑に舞うちょうちょになったようだった。どの本も生き生きとして魅力的で、なかなか店から出られない。定有堂書店はそんな店だった。本書は、店主の奈良敏行さんが折々に綴った文章をまとめたものだ。
奈良さんは、鳥取で本を商う者として私の大先輩であり、畏怖に近い憧れの対象だった。いずれごあいさつしたいと思うものの、小心者の自分はいつも名乗れずに、ただ客として本を抱えて退店するばかりだった。定有堂書店が閉店するといううわさを聞くに至り、初めて「古本屋店主」として若桜橋詰めの店舗に赴いたとき、奈良さんは、私を一人の後進として、真摯に朗らかに迎えてくださった。「店舗はなくなるけど、定有堂が作ってきた〝本のビオトープ〟は残る」という言葉に慰められた。
私が古本屋を始めたのは12年前。人並みに会社に勤めたもののひどく消耗し、回復のためには古本屋をやるしかないと激しく思い込み、無我夢中で開業した。鳥取には定有堂という灯台のような新刊書店があったが、古本屋はなかったから。本書の中で奈良さんは言う。『(世間から)こぼれ落ちる寸前の土俵際に、(中略)相撲でいうところの「徳俵」(※)のように、なお立ち上がるものとして「本」があり、…』
今思えば本は私にとっても〝土俵際の徳俵〟だったのだ。
本書が刊行されてすぐ、サインを書いてもらった。「一冊の本の衝撃」と書き添えてくださった。定有堂書店の本棚にいつも貼ってあったメッセージ。店に集った本好きたちの心を一層奮い立たせる、魔法のような言葉。
読了後、奈良さんの書いてくれたこの言葉を眺め、記憶の中の定有堂書店を反すうした。なぜか涙があふれて、しばらく止まらなくて困った。
※相撲の土俵を形作る20個の「俵」のうち、外側に出っ張っている東西南北の4つの俵のこと。土俵際に攻め込まれた力士がここに足を残して粘ることから、ぎりぎりの状況を指して「徳俵に足がかかる」などという。