花咲くyokai談 水木しげると身近な妖怪たち

ファンにサインする水木さん(1993年、宝塚市)

花咲くyokai談 水木しげると身近な妖怪たち

女性優位の社会こそ「楽園」

ファンにサインする水木さん(1993年、宝塚市)

 水木さんは、ある取材で述べている(※1)。

「女性が元気なのは幸せな時代」「過去の誤りは、女性の意見が通らなかったから」

 戦争中にラバウル(※2)で現地人の母系制社会を観察して、そう思ったのである。「戦争は男がする。女は男をあてにせず、老母を中心にして農耕・育児に務める。こういう母親中心の社会はおだやかで、自然の理にかなっています」

 子ども時代、水木さんは「戦争ごっこ」が好きなガキ大将だった。ところが

本当の戦争は“ごっこ”とは、まるで別物。上官が兵士を意味なく殴ったり、曖昧な根拠で将兵を死地に追いやったり。戦争イコール理不尽な暴力なのは、男社会がそもそも闘争心を原動力とするせいか。

 一方、水木さんが“大地の母”と呼ぶ老婆の発言力が強い現地トライ族の集落は寛容だった。

 野戦病院の水木さんが、マラリアの高熱で苦しんでいた時、少年らが入れ代わり立ち代わり、食料を運んでくれたのは、老婆の指図だ。そのうえ水木さん用のイモ畑まで用意し、帰国を引き留めた。命を最優先し、優しさで包む。母系制社会ならではだ。

 水木さんのいわゆる「楽園」願望の根底に、女性優位社会への根強い信頼感があったのである。

 ※1月刊『望星』(1977年9月・東海教育研究所発行)に掲載
 ※2ラバウル=パプアニューギニア独立国の東ニューブリテン州の一都市。

妖怪ファイル>No.9

ぬりかべ

夜道に現れ命拾い

 「鬼太郎ファミリー」の中で、大きさも頼もしさも一番でっかいのが「ぬりかべ」。
 水木さんが戦争中、ニューブリテン島の密林で出会った妖怪としても有名である。

 敵に追われて逃げ回っていた夜、急に行く手を拒む壁状のモノが現れた。

 色は黒。手で押すと、コールタールを固めたような感触だったが形はわからず、右にも左にも進めない。仕方なく諦めて一休みした。
 それがよかった。翌朝前に進んでみると、行く手は断崖絶壁。命拾いをしたのだ。

 帰国後、水木さんはその不思議な体験が、柳田國男の『妖怪談義』に記された「塗壁ぬりかべ」と知り、「そうか!」と納得した。

 同書によれば、「塗壁」は福岡県遠賀おんが郡の海岸に出没した妖怪で、「夜道を歩いていると突然行く手に壁が現れ、どこにも行けない。棒で下の方を払えば壁は消えるが、上の方を叩いても役に立たない」とのこと。

▼参考文献:柳田國男『妖怪談義』(講談社学術文庫)

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足立倫行(あだち・のりゆき)
ノンフィション作家。境港市生まれ。同郷の先輩である水木しげるさんに約2年間密着取材し、『妖怪と歩く ドキュメント水木しげる』(1994年新潮文庫)※を刊行。主書に『日本海のイカ』『北里大学病院24時』『血脈の日本古代史』など。
※今井書店より復刻版発売中
ミギワン
漫画家・イラストレーター。石川県生まれ、鳥取県育ち。
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