花咲くyokai談 水木しげると身近な妖怪たち

フラッグスタッフ(アリゾナ州)のレストランで食事中の水木さん(1993年6月)

花咲くyokai談 水木しげると身近な妖怪たち

逆境に耐え続ける力の根源

フラッグスタッフ(アリゾナ州)のレストランで食事中の水木さん(1993年6月)

 水木さんは子どもの頃から、自他ともに認める「ズイボ(食いしん坊)」だった。長じても、おやつにまんじゅうを何個食べたとか、昼食に生牡蠣(がき)を何人前平らげたとか…食に関しての話題は日々、尽きなかった。

 ところが、私も同行した1993年のアメリカ旅行で異変が。インディアン居留地に入ったとたん、食の話題がいっさい消えたのだ。

 多くの家で提供されるのが、羊肉とトウモロコシ入りのスープ。どちらもかなり固く、総入れ歯の水木さんは、どうやら噛みづらい様子で手を付けない。だが、固さで難儀していることは決して言わず、パンなど柔らかいものだけ口に運ぶ。まるで自分がその場にいないかのごとく、終始無言でやり過ごすのだ。私は最初、独自の体調管理法かと思ったが、次第にそうではないと気づいた。

 水木さんは、43歳で脚光を浴びるまで、長い下積み生活を送る。小学校卒業後、進学や就職は失敗続き。戦争では(いっ)兵卒(ぺいそつ)(※)として死線をさまよい、戦後も貧困に苦しんだ。

 日本の学歴社会では、水木さんのようなケタ外れの才能が開花するのは至難の(わざ)。得意でない場所では空気と化してやり過ごし、泣き言は言わず、ひたすら自分を信じて「時節到来」を待つ。これが水木流の根源か。異国で「ズイボ」を〝封印〟した水木さんを見て納得した。

 ※一兵卒=特別な立場になく、上官の命をうけて黙々と従うしかない兵士

妖怪ファイル>No.12

小豆洗い

川のほとりで聞こえる怪音

 妖怪は大別すると、目に訴えるものと耳に訴えるものに別れるが、「音の怪現象」の代表格が「小豆あずき洗い」。地方によって「小豆ぎ」「小豆ばばあ」または「米磨ぎ婆」とも呼ばれる。

 日本各地に出没し、場所はたいてい川のほとりか橋の下。〝ショキショキ〟と小豆をとぐような音が聞こえてくる。時には、歌も一緒に聞こえる。「小豆とごうか、人取って食おうか。ショキショキ」。面白がって不用意に近づくと、いきなり水中に引き込まれることがあるから要注意だ。

 なぜ「小豆」なのかは、水木さんの著書によると「神祭り用の特別な食品だったから」らしい。
 
 柳田國男の『妖怪談義』(講談社学術文庫)ではムジナの仕業か、あるいはイタチなど水辺にすむ動物が、繁殖期などにせわしなく砂をかき動かす音ではないかと推察している。

▼参考文献:水木しげる『図説日本妖怪大全』(講談社+α文庫)

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足立倫行(あだち・のりゆき)
ノンフィション作家。境港市生まれ。同郷の先輩である水木しげるさんに約2年間密着取材し、『妖怪と歩く ドキュメント水木しげる』(1994年新潮文庫)※を刊行。主書に『日本海のイカ』『北里大学病院24時』『血脈の日本古代史』など。
※今井書店より復刻版発売中
ミギワン
漫画家・イラストレーター。石川県生まれ、鳥取県育ち。
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