〝好き〟にまっすぐだった人
自分には絶対に描けない絵だった。
イラストレーター安西水丸の、どこにも力が入っていないようでいて、不思議な緊張感をたたえた絵が、高校生の頃から好きだった。
無礼を承知で「水丸さん」とお呼びしたい。
水丸さんは鳥取民芸のファンだった。10年以上前、案内役としてわずかな時間をご一緒したことがある。集めているスノードーム(※1)やブルーウィロー(※2)の話。仕事場で長年使っている辰巳木工(鳥取市・廃業)の椅子の話。いつも鳥取城跡で弁当を食べる話。本書のエッセーにもたびたび登場するこれらの〝水丸好み〟を楽しそうに語る姿は、無邪気な少年のようだった。今考えても図々しさに冷や汗が出るが、憧れの人を前にしてのぼせ上がった私は、自分が美大出身で今は絵を描いていないこと、その日たまたま私の誕生日であることなど、余計なことをペラペラ喋ったらしい(あまり記憶がない)。水丸さんは
「描くといいのに。あなたの感じからして、そんなに変な絵を描くとも思えないから」
と、私の絵なんぞ見たこともないのにおっしゃって、おもむろに、はがきの裏へさらさらとバースデーケーキを描いて渡してくださった。気取らないのに洒脱な、作品そのままの風のような方だった。
訃報が突然もたらされたのは、私がもう一度絵を描いてみようともがいていた頃だった。水丸さんを描いたこの絵は、天国のご本人に見つけてもらえるだろうか。あのとき気まぐれに励ましたことを後悔されなければいいのだけれど。
※1スノードーム……水を満たした透明な容器の中に風景や人形のミニチュアと白い粒を入れ、動かして雪景色に見立てる置物、玩具。
※2ブルーウィロー……18世紀イギリスで〝東洋風の山水図〟をイメージして考案された、ウィロー・パターンと呼ばれる絵付けを施した陶磁器。