こころ

「お国」はどちら?

 『こころ』の舞台は明治時代末期。語り手である「私」が出会った「先生」が背負う昏(くら)い秘密をめぐる物語だ。維新と呼ばれた革命の時代の終焉(しゅうえん)とともに、主人公2人の運命も強く揺さぶられていく。  明治。それは […]

笠智衆

小津安二郎の〝視線〟

 小津安二郎の映画くらいは見ておかないと美大生として格好がつかない。思えば小津映画に最初に触れた動機は、そんな不純なものだった。禁欲的な画面構成、単調で地味に思える脚本。当時の若い自分にとって、実際退屈に感じる部分も多か […]

定有堂

鳥取の町角に〝聖地〟があった日々

 2023年春、鳥取市の定有堂書店が閉店した。50坪のごく庶民的なたたずまいのこの店は、私にとって、そして全国の本屋好きにとって、燦然(さんぜん)と光る〝聖地〟だった。 出版社別や作者名の五十音順ではなく、棚のテーマに沿 […]

若冲を〝発見〟したアメリカ人

 その画家を知ったのは、1999年のこと。強烈な個性を放ちながらも、圧倒的なバランスと色彩感覚に裏打ちされた画面は、洋画にも日本画にも類を見ない唯一無二のものだった。  伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)(※1)。  すっか […]

日本の宝箱〝トーハク〟

 東京国立博物館。通称〝トーハク〟。  JR上野駅から上野公園内を歩いて数分のこの場所に、学生時代の私は何度足を運んだことだろう。長谷川等(とう)伯(はく)の松林図屏風、尾形光琳の八橋(やつはし)蒔絵(まきえ)螺鈿(らで […]

アイキャッチ・センセイの鞄

センセイと歩いた日々

 まぐろ納豆。蓮根のきんぴら。塩らっきょう。 居酒屋のカウンターで偶然隣り合わせた肴(さかな)の趣味の合う人は、高校時代の国語の先生だった。妻を亡くした「センセイ」と、四十路を目前にしたツキコさん。30と少し年の離れたお […]

やっさもっさ

愛と欲望の横浜狂詩曲

 敏腕が仇(あだ)となり孤児院「双葉園」の理事を任されてしまった志村亮子は、戦後、ふぬけのようになって帰還した夫・四方(よも)吉(きち)に絶望していた。自らの手でバラ色の人生を切り開こうと奔走する彼女の行く手に立ちはだか […]

鳥取に映画がやってきた!

 浅田次郎の短編集『月のしずく』のなかの一編『銀色の雨』は、昭和の大阪で孤独な魂を寄せ合う、いびつな男女3人の共鳴の物語だ。もう15年近く前になるが、この作品が、北海道の映画監督によって、鳥取県西部に舞台を変えて映画化さ […]

義経アイキャッチ

歴史に死に、伝説に生きた男

 血で血を洗う野心の時代に、ただ桁外れの戦の才だけを持って彗星(すいせい)のように現れた源義経。彼は、自身が放ったまばゆい輝きのために、敬愛した実の兄に疎まれ、殺された。鎌倉幕府樹立に至る立役者の一人でありながら、無邪気 […]

さらば夢のプレイランド

さらば、愛しの鳥取プレイランド

「プレイランド行くで」 まだランドセルも背負わないような幼い頃、休日になると、まれに親が発したあの言葉の、なんと甘美だったことか。 遊園地『鳥取プレイランド』は、深い山の中にあった。向かう車の後部座席から見上げた木々の青 […]

命を織った女たち

 かつて倉吉(くらよし)市を訪れた司馬遼太郎は、本書とその著者・福井貞子さんについてこう語っている。 「人が人の世を深く過ごすには、すぐれた人達の感受性にたよるしかない。(中略)(福井氏は)百年以上の単位で文化をたっぷり […]

狐につままれ狸に化かされ

 大学2年の春、『海と毒薬』と『沈黙』を続けざまに読んだ私は、感動に震えながらも呆気にとられていた。重厚かつ端正な文章。深く胸をえぐる描写。この堂々たる純文学作品を世に問うた遠藤周作という文豪が、あのふざけた〝狐(こ)狸 […]